雲仙・普賢岳噴火
| 項目 | 実数 | 判定(1〜5) |
|---|---|---|
| 死者・行方不明者 | 44人 | 4 |
| 負傷者数 | 12人 | 2 |
| 住家被害数 | 2,511棟 | 3 |
| 浸水数 | 0棟 | 1 |
| 経済損失 | 2,300億円 | 4 |
「判定」は左の実数から自動で算出した 1〜5 の5段階指標です。右のレーダーチャートに対応します。
この災害の特徴
- 11991年6月3日の大火砕流で、避難勧告地域内にいた報道関係者や消防団員ら43名が犠牲となった、特異な被災構造。
- 21990年11月から1995年2月まで4年3ヶ月継続、火砕流9,432回・土石流62回という異例の長期複合災害であった。
- 3人家・商工業が密集する市街地で、災害対策基本法の警戒区域が初めて設定された、法制度上画期的な事例。
COMMENT ・・・聞くがいい、人間よ。雲仙普賢岳の噴火にて、多くの命が失われた---その背景には、当時、危険性についての認識が十分に広まっていなかったという現実があった。無知こそが、最も恐るべき敵なのだ。知ることこそが、命を守る唯一の盾となる。・・・忘れるな。
擬人化イメージ / 属性:火
レーダーチャート
外側にいくほど被害規模が大きいことを示します(最大 5)。
災害概要
平成2年(1990年)11月17日、198年ぶりに噴火活動を再開した長崎県の火山災害である。噴火は1995年2月まで約4年3ヶ月継続した。 一連の噴火活動を通じて普賢岳山頂部に溶岩ドームが成長し、主峰を超える高さとなり、1996年(平成8年)に平成新山と名付けられた。また、火砕流が初めて鮮明な映像として記録されたことは世界中から大きな注目を集め、多くの火山学者や行政関係者も避難勧告地域に立ち入って取材・撮影を行っていた。全期間を通じた死者・行方不明者は44名、負傷者12名、住家1,399棟・非住家1,112棟(建物被害計2,511棟)が被災し、被害総額は約2,299億円に達した。火砕流は9,432回発生し、人が住む市街地で災害対策基本法に基づく警戒区域が初めて設定された事例としても知られる。