昭和58年7月豪雨
| 項目 | 実数 | 判定(1〜5) |
|---|---|---|
| 死者・行方不明者 | 117人 | 5 |
| 負傷者数 | 193人 | 3 |
| 住家被害数 | 3,138棟 | 3 |
| 浸水数 | 18,478棟 | 4 |
| 経済損失 | 3,600億円 | 4 |
「判定」は左の実数から自動で算出した 1〜5 の5段階指標です。右のレーダーチャートに対応します。
この災害の特徴
- 1全国の死者・行方不明者117名のうち9割超が島根県に集中、さらにその中でも旧三隅町・益田市・浜田市の3市町だけで犠牲者の過半を占めた。
- 2河川の氾濫よりも山地の斜面崩壊が主要因となった点は、西日本の急傾斜地特有の被害パターンである。花崗岩地帯特有の風化土壌が豪雨に弱かったことも背景にある。
- 3島根県の石見地方で災害が発生した7月23日はその前年の1982年に長崎大水害が起こっており、2つの災害は日付および気候条件は同じで、発生した災害内容に類似点が多く見られた。
COMMENT この土砂災害、ただの自然の仕業じゃないの。長い間、治山整備を怠ってしまったことも、大きな原因のひとつなんだよ。
擬人化イメージ / 属性:水
レーダーチャート
外側にいくほど被害規模が大きいことを示します(最大 5)。
災害概要
昭和58年7月豪雨は、1983年7月20日から29日にかけて梅雨前線の停滞により西日本を中心に発生した集中豪雨災害である。特に島根県では浜田市で1時間91.0mm・1日331.5mmという記録的な豪雨となり、県内各地で土砂災害が多発した。この土砂災害の特徴は、その大部分が山崩れ・がけ崩れであった点にある。山崩れが多発した背景には、昭和30年代に家庭用燃料が薪炭からプロパンガスへ転換したことで山地の森林に手入れが行われなくなり、治山整備が不十分となっていたことがあると推測される。被害は全国で死者112名・行方不明5名・負傷者193名、住家全壊1,098棟・半壊2,040棟、床上浸水7,484棟・床下浸水11,264棟にのぼり、このうち死者・行方不明者の大半は島根県に集中していた(死者103名・行方不明4名)。